アドラー心理学

アドラー心理学考察⑨ ~大人の発達障害と目的論

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 この記事では、アドラー心理学の中で、特に大人の発達障害の特性と関連付けた考察をしていきたいと考えています。ここでは目的論を取り上げたいと思います。

目的論と原因論


 原因論は一言でいうと、「今の状況があるのは過去に起こった出来事に原因がある。」という考え方です。一方、目的論は「私たちは、何かしらの目的があって今の状況を作っている。」という考え方です。

 「発達障害を抱えている人が、仕事に支障をきたして困っている」ことを例に、原因論と目的論についての違いをあげてみます。

  • 原因論としての捉え方
    →「僕が仕事ができないのは、発達障害があるからだ。」
  • 目的論としての捉え方
    →「仕事をしたくないために、発達障害ということを理由に持ち出して、

      仕事が出来ない僕を作り出している。」

 ということになります。

 アドラー心理学における目的論と原因論については、以下の記事でも言及しているので、そちらも参照ください。

アドラー心理学考察① ~トラウマは存在しない?~  この記事では、アドラー心理学を紹介した『嫌われる勇気』の内容から僕が印象に残ったことについて、その考えを書いていきたいと思います。こ...

原因論的な考察

 発達障害を持つ人の一部(そんなに多くないと思いますが。)には上のところで言う原因論、いわゆる「僕が仕事ができないのは、発達障害があるからだ。」という主張が強いように感じます。

 そして、それは「僕が仕事が出来ないのは、発達障害に配慮してくれない職場や社会に問題がある。」という主張につながっていることも感じます。

 確かに、これは一つの考え方であると思います。なぜなら、下記記事にある通り、発達障害は「脳内の情報処理や制御に偏りが生じている」状態であり、今のところ医学的に根本から治すことが出来ないためです。

発達障害の治療について考える  この記事では、発達障害の診断を受け、メンタルヘルスで休職中のdobbyが、自分の経験を踏まえ、発達障害の治療について考えてみた内容と...

 その結果、「普通の人の日常生活を想定した仕組みに適応できなくて困りごとになっている。」というのは、人から理解されにくく、自分も責めがちになるので辛くなります。こうした感情を抱えた結果、原因論的な主張になるのはわかります。

 しかしながら、上記の話の中には「発達障害に対して、どのような配慮を求めるか?」とか「発達障害であることを踏まえて、どのように職場の役割に対応するか?」という自分からのアプローチが欠けているようにも思います。

 先の記事で書いた通り、発達障害だからといって何も出来ないわけではなく、対処法や他者への要望を考えることは出来ると思います。原因論的な主張をしている人の中には、自分でできることに目を向けない人もいる印象があります。 

目的論的な考察

 「仕事をしたくないために、発達障害ということを理由に持ち出して、仕事が出来ない僕を作り出している。」という目的論としての、発達障害の当事者側からすれば、「ひどい言い方」という印象があると思います。

 先の原因論的でも書いた通り、努力しても人並みにできない事実はありますし、「仕事ができない僕」が不本意であることも事実です。だから意識して「仕事をしたくない」状態を作り出していることはないと思います。

 それを「仕事をしたくないから、仕事ができない僕を作り出している。」という言われ方をされてしまうと、理解されないことへの悲しさや怒りがあってもおかしくないです。 

 でも、逆に周囲の人から見れば、「仕事ができない言い訳として、発達障害ということを理由にして、仕事が出来ない僕を作り出している。」という印象もあるように感じます。特に周囲の人が、「自分が発達障害を抱えている」という事情を知らない場合は、目的論的な考えが強くなりがちです。

 だから、「この人は仕事で成果を出していない。」と思っている人に対して、「僕は実は発達障害なんです。」と言ってしまうと、「この人、発達障害を言い訳にしてまで、仕事をしたくないんだ。」ように思われてしまっても仕方がないように思います。

dobbyはどうだったか?

僕は以下の通り、発達障害があることで、仕事ができず、休職に至った人間です。

dobbyが休職に至るまで  自己紹介の記事やプロフィールにもある通り、私dobbyは2021年9月から休職に入っており、現在も休職中です。今回は休職に至る経緯に...

 そして、発達障害をカミングアウトしましたが、今もあまり関係性は良くないように感じています。

発達障害のカミングアウトについて  この記事では、発達障害の診断を受けたdobbyが発達障害を周囲にカミングアウトすることについて、自身の経験を踏まえながら考えを書い...
職場との関係  この記事ではメンタルヘルスの不調で休職中のdobbyが、職場との関係について振り返ります。  この記事の内容ですが、おそらく大...

 最初は原因論でした。仕事をするのが本当につらくなり、自分で調べたり、病院に検査・診断を求めて発達障害が一因であることを突き止めました。発達障害をカミングアウトするにあたっても、「仕事ができないのは、発達障害のせい」にして「会社を辞めたい」とまで言ったこともあります。

 しかし、休職してみて、「発達障害なのだから、仕事が出来ないのは仕方がない」というような「仕事をしたくないために、発達障害ということを理由に持ち出して、仕事が出来ない僕を作り出している。」という目的論の側面もあると思いました。

 「自分のことだけしか考えていない」ことを理解したと思います。特に職場へのカミングアウトについては「発達障害を盾にして、仕事ができない自分への配慮だけを求める」という意識はたしかにありました。だからうまくいかないように感じます。

まとめ ~原因論も理解できるが、目的論の視点も必要~

 以上で発達障害の困りごとに関して、原因論と目的論の立場から考えてみました。まとめると、

 当事者は原因論が多いが、周囲の人は目的論に見えることがある

ということになります。

 以上のことから、発達障害の特性を持つ人は、原因論に立つだけではなく。見方を変えて、自分は目的論にあるような「発達障害ということを理由にして、仕事が出来ない僕を作り出している。」ことになっていないか考える必要があります。

 特に周囲の人がどう思っているかという観点は発達障害の特性を持つ人は忘れがちなので、一度立ち止まって考える必要はあるのではと思います。

 大人の発達障害の当事者として、まず自分はどうするか、どんな配慮が必要なのか、自分の強みは何か、どんな働き方をしたいかという、いわゆる自己理解が大切であることを知りました。

 職場で配慮を求めることについては、実際に受け入れられるかどうかは置いといて、要求は必要だと思います。ただ、それはきちんと自己理解をして、まずは自分が出来る対策を考えることが先です。自分ができる対策なしに、一方的な理解を求める要求が職場に対して通るようには思えません。(自分もそれで失敗しています。)

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