この記事では、孤独のススメについて書いていきます。
家にいても一人ですし、仕事でも復職後はそれほど人と関わることもないです。先日飲み会に生きましたが、職場のネガティブな話を聞いて、「あまり深く関わらないほうがいいかなぁ。。。」と思って帰ってきました。
趣味のクイズで親しい人はいますが、クイズを離れるとあまり付き合いはない状態です。別に最低限の礼儀さえ守れば、それほど親しくなくてもクイズを楽しむことは出来るように感じます。
その他の趣味(旅、サウナ、ランニングなど)は基本的に一人で行動しています。別に寂しいとも思わないですし、むしろ気を使わないことが楽です。
そういう自分の孤独のススメについて書いていきます。
孤独について
孤独ということについてコトバンク (kotobank.jp)の大辞泉の解説を引用すると、
仲間や身寄りがなく、ひとりぼっちであること。思うことを語ったり、心を通い合わせたりする人が一人もなく寂しいこと。また、そのさま。
とあります。
特に後者の場合、大勢の人が周囲にいても、自分のことをわかってもらえなくなることから、特に孤独を感じやすく、辛いものがあります。
そして、あなたの「孤独度」を測ってみよう。現代には孤独を深める新たな要因がある | THE LONELY CENTURY なぜ私たちは「孤独」なのか | ダイヤモンド・オンライン (diamond.jp) の中にある「UCLA孤独感尺度」によって、自らがどのぐらい孤独であるかどうかの判定ができるようです。
まあ、僕は重度の孤独でした。当然ですが。
孤独がしんどいとき
冒頭で、僕が孤独であることを書いていきました。孤独であることでしんどいこともあります。
アプローチの仕方がわからない
今は仲良くはないが、交流したい人がいるときに、どのようにアプローチしていいかわからなくなるときがあります。孤独になれきっていて、アプローチの仕方がわからないのです。
何とか頑張って喋ろうとしても、人に無関心なせいか、話すことに困って結局話しが続かず、結局嫌な気持ちが残ってしまうことがあります。
まあ、そういうときは「その人と交流したい」ということに囚われすぎているのかもしれません。「別に無理して交流しなくてもよい」と割り切れれば楽なのですが、そこにいたるまでが難しいです。
できることが限られる
人間一人でできることは限られています。
孤独だと、いろいろな人と協力しあって、大きなことをすることが出来ません。大きな仕事をして、大きな達成感を味わうということは出来ないのです。
せいぜい、歯車と割り切って自分ができる範囲を淡々とやるということです。
だから、何かしたいことがあっても、人と協力し合うことを避けてしまい、断念してしまうことがよくあります。
頼れる相手がいない
孤独になるといざという時に頼れる相手はいません。
それこそ、大きな困難が立ちはだかっているときに、頼れる人がいないというのは、生きていく上で非常に苦しいことだと思います。
また、たとえ今が平穏であっても、頼れる相手がいないことで、困難があるとすぐに行き詰まってしまうのではないかと不安になってしまいます。
孤独の社会問題
日本では2021年に内閣官房に「孤独・孤立対策担当室」が設置され、政府一体となって孤独・孤立という社会的問題に取り組んでいます。
特に新型コロナウイルスによって物理的な人々の交流も少なくなったことで、一人で不安を抱えてしまう人が増えていきました。孤独を望んでいない人が孤独になるケースが増えたように思います。
芸能人を始めとする中高年の自殺も、このことが大きく影響しているとも言われています。孤独ということが人の生きる力を奪ってしまうという一つの例と言えるのではないでしょうか。
孤独のメリット
このように「孤独」という言葉には、「他者を頼ることができない」「他者から理解されない」というネガティブなイメージがどうしてもつきまといます。
でも、健康的なひとりの時間を積極的に求めた結果としての「孤独」は、多くのメリットをもたらすと言われています。
人に気を使わなくて良い
孤独を過度に恐れてしまうと、人に嫌われることをいやがり、必要以上に人に気を使ってしまいます。
そして、自分がやりたくないことであっても「これをやらないと人に嫌われる」と思って、いやいやしてしまうことがあります。
ところが、孤独を恐れなくなると、人に嫌われることも大したことでないと思い、自分がやりたくないことであっても、それを意思表示して断ることが出来ます。 必要以上に人に気を使うこともなくなります。
自分を客観視できる
先程書いた通り、孤独を過度に恐れてしまうと、自分の意志に反して「いやいやしてしまう」ということが出てきます。そして、「いやいやでもしなければならない」ことに囚われてしまい、他のことが考えられなくなります。
ただ、孤独を恐れなくなると、人間関係を客観的に眺めることが出来ます。
そして、少し離れたところから冷静に考えてみると、その人間関係自体、大変な思いをしてまで維持しなければならないものかどうか考えることが出来ます。
その結果、「いやいやでもしなければならない」ということに囚われてしまっている自分に気がつくこともしばしばあります。
自分のことを自分だけで決められる
孤独になると、利害関係者は自分だけです。自分で決断して、自分がしたいことをすることが出来ます。極論いえば、「自分が良ければいい。」という考えになります。これはとてもシンプルなことです。
よく、何かを決断するときに「あなたが決めていい」と言われるのですが、実際はそれは難しいと思っています。他者の利害を自分が考えてしまうと、他者の害となることも恐れてしまい、「あなたが決めていい」と言われても、決めることができなくなります。
でも自分で決断する軸を「自分が良ければいい。」ということだと、シンプルに決断することが出来、しかもぶれません。 孤独だと自分のことを自分の利害だけを考えて決めることができるのです。
まとめ ~「自発的」であれば孤独でいい~
以上で、孤独のメリットについて考えてきました。
孤独については、デメリットが確かにあります。しかし、それは望んだものではない孤独であるということだと思います。
僕のように、自発的に孤独を選択していると気分としては楽になります。僕の場合は、自分の特性があって、孤独を受け入れた結果だと思います。
特に「仕方なく生きている」と、人と仲良くすること、人に自分のことを理解してもらうことがしんどく思えます。だから、生きていく上で、孤独になるということを受け入れるしかないということもあります。
確かに僕は仕事の人間関係でつまづいて、メンタルヘルスの不調をきたして休職に至ったのですが、それは嫌われるということを自分の中で受け入れることが出来なかったように思います。
だから、職場の組織の中でも付かず離れず、孤独という適度な距離で接して、ゆるゆると生きて行くほうがいいんじゃないかと思っています。なんか、下手に深入りしてしまうと、自分まで闇を受け取ってしまいそうなので。