メンタルヘルス

『「発達障害かも」で退職促された27歳男性の謎』を読んでみた その①

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 今回は、「発達障害かも」で退職促された27歳男性の謎 | ボクらは「貧困強制社会」を生きている | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)の記事について、僕が思ったことを書いていきます。

 東洋経済オンラインの『ボクらは「貧困強制社会」を生きている』については、大人の発達障害についての記述も多く、アップされるたびに興味をもって読んでいます。

 今回取り上げた記事は、「発達障害かもしれないという理由で、退職を促された」「プログラマーを目指しているのに周囲に反対されている」というところが特に考えさせられました。ここでは、前半の職場との関係を取り上げたいと思います。

当事者と職場との関係

 この記事では、仕事ぶりの遅さから周囲とうまくいかない整備士の方が当事者です。この方が「発達障害かもしれない」ことを打ち明けたところ、退職勧奨された話が取り上げられています。

退職勧奨と合理的配慮の問題

この件に関し、記事を書いたライターの方は以下の見解を示しています。

 企業が、一定の水準に達しない社員に退職を持ち掛けることはただちに違法とはいえない。
 一方で障害者雇用促進法は障害者であるという理由での解雇を禁止しているほか、障害者差別解消法は企業に対し、障害者が働くうえでの環境整備や特性を考慮した部署への配置といった一定の「合理的配慮」を行うことを義務付けている。

 ただ、この見解に僕は疑問を呈します。

 まず、記事を見ている限り当事者の方は障害者雇用でないです。その前提で話をすると、当事者が上記のような法律の恩恵を受けるのは果たして妥当なのかと思います。

 障害者として雇用されていない限り、当事者の方の能力不足を指摘して、退職勧奨することは僕は問題ないと思います。更にいうと、労働者寄りの立場に立つ記事を読むと僕は「経営者側の権利が置いてきぼりになっている」ことを感じます。

 何を指しているかというと、「経営者は労働者に対して退職勧奨、解雇する権利がもっと認められてもいい」ということです。

 経営者としての課題は「会社をいかに長期にわたり維持・繁栄するよう運営していくか」だと思います。極論承知で書きますが、労働者の人生は、退職させれば経営者の課題と無関係です。

 課題解決の阻害要因が特定の労働者の能力不足であれば、その方を解雇するのは何ら問題はないと思っています。

 ただ、闇雲に解雇するのが良いわけではありません。代理となる労働者の確保、業務量の調整などの残った労働者のケアは、経営者の課題を果たすための責任です。この責任もあまり論じられていないように思います。

 合理的配慮をすることはする必要がありますが、特定の労働者を解雇しきれずに残すことが果たして経営者側の合理的な配慮なのか、もっと議論する必要があると思っています。

 その意味で、僕はこの記事の見解に疑問を呈します。僕も似たような境遇にありますが、正直解雇されても仕方がないと思っているので。

メモを取ること」を禁止する違和感

 ただ、この職場が果たして「長期にわたり維持・繁栄するよう運営」をしているかどうかというと、それも違うように感じました。

 それが、「メモを取ること」を禁止しているということです。 

 「一度聞いたことは記憶しろ」「体で覚えろ」などと言いますが、これでは確実に仕事はできません。発達障害あるなしではなく、誰しもミスをするリスクを抱えています。

 作業をする人はメモなどを残して、それを整理してマニュアルなり、作業手順書なり、安全管理書なりの書類として残しておきます。このような書類があることでミスが少なくなると思います。

 特に安全面においては、ミスは人の命にかかわる場合もあります。「体で覚えろ」だけでは危なっかしくてしょうがありません。

 整備士という仕事がどういうものかはわかりませんが、工場に務めている私としては、マニュアルなり作業手順書なりの書物は必ずあるものだと思っているので、この対応には正直驚かざるを得ません。

 先の「会社をいかに長期にわたり維持・繁栄するよう運営していくか」について、メモを禁じるのは矛盾しています。 

 もし、他の人はメモを取ることを認めていて、当事者の方だけメモを認めないというのであればダブルスタンダードで論外ですし、メモ自体認めないというのであれば、「なぜメモをすることがだめなのか?」という理由をきちんと説明することが必要です。

 その意味で、当事者の方が整備士として務められていた職場は、発達障害であるかどうかと関係なく、ブラックな環境であると思いました。

もめ事を起こしたくない心理

 話は変わりますが、不当な退職勧奨に対し「争いたくない」との理由で黙って従ったという人に出会うことは珍しくない。という話があります。

 ただ、僕は「争いたくない」という理由は共感できます。

 自己肯定感が少ない人が、自分の意見を正しいと判断して、他者に理解するように説明するというのは非常に難易度が高いです。特に発達障害を抱えているといつも自分が間違ったような気がするので、なおさら「自分が間違っているのではないか」と思いがちです。

 確かに、いろいろな人が「一番悪いのは会社だし、理不尽な要求に対して怒らなければ、一方的に不利益を強いられるだけなのではないか。」と言っているのですが、一方で「理不尽な要求を受け入れ、一方的に不利益を強いられるだけ」の状態が、当事者にとっては一番楽かもしれないと思ってます。

 一言でバッサリいうと、楽したいからもめ事も起こしたくないし、一方的な不利益も受け入れるのです。特にこの職場はあまり雰囲気が良くないように思うので、もめ事を起こさずに逃げるというのも一つの手段だと思います。

まとめ ~職場との関係は本当に難しい~

 今回は経営者と労働者の関係について言及しました。

今回は読書感想です。

自分も経験していることが多く、悩みを考えるという意味で参考になりました。

今後もこのような記事が出てきたら話をしてみたいと思います。

今回のことは大きく経営者と労働者の関係、そして発達障害当事者と周囲の方との関係の2つに分かれます。

経営者と労働者との関係ですが、

 経営者は「会社をいかに長期にわたり維持・繁栄するよう運営していくか」という点で、労働者の能力を評価すればいいと思います。 職務を遂行するのに必要な能力がなければ、経営者は解雇する権利があると思っています。

 むしろ、解雇する権利が制限されているから、労働力ではなく、人格を否定して退職に仕向けるように感じます。「メモを取ることを禁じる」というのも、「発達障害かもしれない状態での退職勧奨」も解雇する権利が制限されているからの結果かもしれません。

 人格を否定されると当事者も自己肯定感がなくなり、解決をしたり、自分の人生を切り開くための気力が無くなってしまいます。退職したあとの社会復帰も容易ではなくなり、あとを引いてしまうように思えます。

 そうなる前に、発達障害を引き合いに出さずに、「能力不足だからクビ」ということが言えればお互いによかったのではないかとさえ、僕は感じます。

 最後に、この記事でもう一つ僕が感じた「プログラマーを目指しているのに周囲に反対されている」ことについては、別項目で書いていきます。

 

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