この記事では、dobbyが落ち込むということについて考えたことを書くものになります。
僕はよく落ち込みます。そして落ち込んでいることにはまり込んで何もできなくなってしまいます。休職前は仕事で失敗したり、趣味でストレス発散できなくて落ち込み、休職中もいつになったら復帰できるのか、復帰できなかったらどうなるのかで落ち込みました。
今も復職してまもなくですが、やはりうまくいかないことが出てくると落ち込みます。それで、落ち込むということを考えてみました。
落ち込む原因
僕は大元の要因は一つと思います。
それは「期待した結果が得られない」ということです。
例えば、仕事でもプロジェクトの成功を期待していろいろ頑張って準備するが、失敗してしまう。挽回に余計な労力を使ってしまうことに落ち込む。
趣味でも、楽しいと思ったことがやってみると思ったほど楽しくなくて、ストレスを逆に抱えてしまう。
期待した結果が得られないと、成功したときの楽しさや達成感を得られないので落ち込みます。更にいうと、期待した結果に執着することで、現実をきちんと受け止めることができなくなり、余計に落ち込むことになります。
また、いやなことが近い将来にあると落ち込むことがあります。
これも、「いやなことを避けたい」という期待が、「嫌なことを避けられない」ということで叶えられなくなります。それが落ち込む原因となります。
さらに言えば、生きていることが辛いということも、「辛いことから解放されたい」という期待が、「辛いことがあっても生きなければならない」という現実によって叶えられないため、落ち込みます。
落ち込むのは努力の証なのか?
よく、「期待した結果が得られなくて落ち込んでいる」という話をすると、「それだけ真剣に取り組んできたことの証」と言われることがあります。
でも、それは僕は違うと思っています。
結局、期待した結果が得られなくて落ち込んでいるだけなので、真剣に取り組もうが、そうでなかろうが、それは関係ないのです。
むしろ、下記の記事の通り、「やるべきことをやっていない」から落ち込むように思います。
やるべきことをやっていないから落ち込む。やるべきことをやっていれば落ち込まない。 | 落ち込まない生き方をする30の方法 | HAPPY LIFESTYLE
やるべきことをやっていないから、「怒られたくない」という期待した結果が得られなくて落ち込む。
真剣に取り組んでいないから、期待した結果が出ないと自責の念に陥って更に落ち込む。
だから、むしろ努力をしていないと落ち込みます。
真剣に取り組んでいたら、「ここまでやったのだからしょうがない」とも思えるのです。だから、落ち込むとは努力していない証なのかもしれません。
落ち込むことへの対応
僕はよく落ち込むので、それなりの対応を考えないといけないと思いました。下記のことを考えてみています。ただ、実践は難しいですね。。。
過信しない
明石家さんまさんが残した言葉にこのようなものがありました。
落ち込まへん、それはお前らが過信しすぎや。自分がもっとできると思うから落ち込む。何があってもこんなもんやと思っているから落ち込まない。
結果を得ることを期待するのは良いのですが、身の程を知っておいたほうがいいと思います。
期待しすぎて、結果が得られないと落ち込むので、「結果が出たら儲けもの」と思っておいた方がいいんでしょうね。
それに、過信しすぎると、楽観してしまい、普通にやっていれば得られる結果も取り逃すことがあります。こう考えると、過信しすぎることにいいことはないですね。
現状を受け入れる
そして、「何があってもこんなもんや」と思うことは、現状を受け入れ、認めるということになります。これは、アドラー心理学の中の自己受容の考え方に近いものと僕は思います。
自身のポジティブな面、ネガティブな面含め、「ありのままの自分を受け入れる」ことにより、「自分が努力して変えられることと、努力しても変えられないことを見極める。」ということになります。
似たような言葉に自己暗示がありますが、これは「出来もしないのに『自分は出来る』と暗示をかける。」ことです。
暗示がかからなくなると、ひどく落ち込む要因になります。先に出てきた過信にもつながるように思います。
自分ができる努力を最大限する
「自分が努力して変えられることと、努力しても変えられないことを見極める。」ことをしたら、自分が努力して変えられることに没頭します。
「ここまでやったから仕方がない」と思うまで努力をすることで、期待した結果が得られなくても、「やるだけのことをやった」と思えるようになり、落ち込まないことになります。
結果に執着しない
「期待した結果が得られなかった」という結果が、必ずしも本人にとって悪いことでないこともあります。
- やってみたら労力が高くて、しんどいことがわかる。
- 期待した結果が得られなくとも他の道が見つかることがある。
- 失敗しても今後の改善案が見つかることがある。
など、期待する結果に執着しないことで、いろいろな考え方が見えてきて、「大したことでもないんだな」と落ち込まなくなるように思います。
そのため、期待した結果が得られなかった場合、どうしてその結果が得られなかったのか考えて、次に活かすことを考えましょう。
結果を得るチャンスは一度だけではありません。一度失敗しても、次に期待した成果を得るためのステップと考えると落ち込まなくなります。
人に左右されない趣味を見つける
あとは、期待した結果を得る、得ないというのは、自分ひとりの努力だけではコントロールできないことが多いです。
人に左右されない、自分一人で満足感を得られる、リラックスできる趣味があれば、落ち込むことから離れられるかもしれません。
仕事で苦労したり、嫌なことがあって、落ち込んでいる時には、自分が一人になれるほうがいいように思います。
まとめ ~一生「ずっと落ち込まない」ことはない
以上で落ち込むことについて書いていきました。まとめると、
- 落ち込むことの要因は期待した結果を得ることができないことである。
- 努力していないと大きく落ち込むことになる。
- 落ち込まないためには過信しない、自分の出来ることに没頭することが必要。
なのかなぁと思っています。
結局生きている限り、「期待した結果を得られない」現象は誰にでも必ず発生します。 だから、一生落ち込まないということはありえません。
なので、落ち込んだ時の感情とうまく付き合うことが必要になります。
「仕方なく生きている」と思うと、なかなか難しいのですが、だからといって人間簡単に死ぬようにできていないので、現実と向き合うのが必要ですね。